東京・愛知の住宅・二世帯住宅・マンションの設計 co2works/ 建築家/設計事務所 / 東京/静岡/愛知/名古屋/岐阜/三重/静岡/住宅設計/集合住宅/二世帯住宅/マンション/アパート/デザイン | nakawataseblog
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編集

昨日、住宅を建て終わったクライアントの方とお話をしていて うちの事務所だと話をあれこれとよく聞かれたのだけど 他の事務所で住宅の設計を依頼した友人と話をしてみると あれこれ聞かれなかったと 言っていたというお話になりました。 通常だとどのくらいの広さが欲しいですか?とか どんな感じの家がいいですか?というような具体的な話を聞いて終わりなのだろうか? それでも設計をすることは出来るのだけど どんな生活をしたいのか?が住宅の場合、大切だと思っているので その生活に近づくために諸要素を編集してつなぎ合わせることが 設計者の役割ではなかろうかと僕は考えています。 。。。。・。。 最近、住宅史のお勉強をしています。 というのも歴史の変化を受け入れつつ、今後の住宅がどうなっていくのかを 推理するために行っています。 nLDKという形式は戦後に発生した形式で、それまでにも田の字プランや町屋など 様々な住居形式がありました。 nLDK方式は個と公の分離をしましょう。ということから発生したのですが この形式は集合住宅のような部屋としての一般解としてはいいのかもしれませんが 多様性に満ちた個人住宅の場合はうまく適合しないことが多くあります。 。。。。・。。 ということもあってあれこれと話を聞きます。 設計者側から唐突にnLDKでない形式のものが提案されて どう住んでいいのか分からない。では住宅として機能しません。 (機能さえすればいいのかというとそれも?ですが…) 暮らし方を編集しながらその家族にあった暮らしを設計していきたいものです。...

街をつくること

先週の土曜日に青豆ハウスで有名な青木純さんの講演が各務ヶ原であることを知り、 青木さんに大変興味があったので行ってきました。 まず、青木さんは設計者ではなく、大家さんです。 なぜ青木さんという大家さんに興味があるのかというと 集合住宅の設計を何件か行ったことのある身としては 青豆ハウスを東京でつくることって勇気がいるなと感じていたからです。 青前ハウスが勇気があるなという点、共有スペースが広い(そこにお金を使うのか?) 、共有スペースを介さないと各部屋に行けない(濃密な住む人同士の関係が必要)、 プライバシーあまりない(開きすぎではない?)などなど。 講演を聞いてみると“東京”というくくりかたが広すぎて、 人口が多い東京でもその街の特性と住まう場所をどのようにして結びつけるのかを 考える必要があるということが分かりました。 青木さんはそのことを土地の使い方をリノベするという言い方をしていました。 勇気があるなと思っていた部分というのは、話を聞いていくと 土地の使い方のリノベをする上で欠かせないものになることがよく分かります。 そして、青木さんは講演の中で“選ばれない街”と いうなかなか刺激的な言葉でその街を表現していました。 選ばれない街に建つ集合住宅…となるとその集合住宅に何かしらの魅力が必要になります。 その魅力をつくるためには土地の使い方のリノベが必要になる。 でも、普通の大家さんは選ばれない街ならば安く作って家賃競争に加わることを 考えてしまうはずです。俗にいう安かろう悪かろうの流れです。 僕が集合住宅を提案する時にまず考えることは安かろう悪かろうにのるのはやめましょう。 というところからです。その街ならではの視点は必ずあります。 その視点を見つけ出してその街ならではの集合住宅をつくることで人が来るはずです。 (といっても人口密度には勝てない時もあるはずですが…。) 安かろう悪かろうの最大の欠点は人に愛されない建築をつくるということです。 賃貸の集合住宅を愛することなんてないのではない?という疑問が出てくるとは思いますが 青木さんは愛される努力をあの手この手で行っていました。 その他、街への仕掛け方など興味ふかい話が盛りだくさんの講演会でした。 土地の使い方のリノベ(左脳的)から始まり、愛される建物(右脳的)をつくるということまで 幅広く建築をつくることを考えている大家さんである青木さんのお話は大変勉強になりました。...

クライアントの方から栗をお送り頂いた。 設計を行っていると休みが少なく 季節感が無くなってしまうので、 季節の贈り物は身体と心に染み入ります。 どんな食べ方をしようかとスタッフと相談して楽しんでいます。 ・・・・。・・ とある賞の現地審査が先月行われ、その結果がきました。 2件とも見事、受賞対象作となりました。 有難いものです! 詳しくは12月にご報告します。 ・・・・。・・ 住宅建築という雑誌の12月号にyku/保育園前の住宅が掲載されています。 これまた有難いものです。 生活の様子から部分詳細まで捉えていただいておりますので 見応えがあるかと思います。 https://www.amazon.co.jp/住宅建築-2016年-12-月号-雑誌/dp/B01LBFWJK6/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1476866732&sr=8-1&keywords=住宅建築 ・・・・。・・ 事務所で行ったことが少しずつ社会的な評価を得ることで 事務所の雰囲気も良くなり、嬉しく思っています。...

常識という難しい言葉

以前、先輩建築家の方がクライアントと常識がズレる時があるのだよね、と ブログに書いていました。 設計事務所の一番難しいところは物件毎にクライアントが変わる、ということです。 同じクライアントならば意思疎通がとれることが多くあるかもしれませんが 初めてのクライアントの場合は常識は互いに異なります。 僕自身は常識という言葉を信じていません…。 昔からジェネレーションギャップという言葉がありましたが、 世代ごとに取り入れる情報が異なるため、情報から発生するであろう常識にはズレが生まれます。 割と情報を絞られていた時代でもそのようなズレがあったわけですが、 現在のように生き方、趣味、経験などが膨大な情報によって多様化されている中で 常識という言葉を信じることが僕には出来ません。 となると大切になってくることがクライアントとのコミュニケーションとなります。 と思うのですが、常識問題というのは存在してきますのでコミュニケーションの定義がズレます。 つまりお互いでフォローし合うことが難しい。ということを前提にして、 まずはこちらから相手の気持ちを考えるために スタッフと毎週行っていることとしてクライアントの気持ちを考える、 を行っています。実際どうかは分かりかねますが…推測することで行動する範囲が変わります。 互いに相手の気持ちを考えるが出来ればうまくいくのだろうけど 仕事である限りそれは望んではいけません。 (とはいうもののクライアントの方にお気遣いいただく機会が多いので助かっています。)   なんというか設計ってやはり難しいな。というのが先輩設計者のブログを読んでの感想でした。...

ビリギャル

最近アマゾンプライムで映画が見れるようになったので ついつい日曜の朝などに映画を見てしまう機会が増えました。 先日は“ビリギャル”を見ました。 内容としてざっくりいうと偏差値30のギャルが慶應に受かる。という話なのですが 高い目標設定なだけにハードルが何個か用意されているのだけど そのハードルをちょっとした心のとげやつながりによってクリアーしていくというような 構成になっています。 設計事務所の一昔前は建築学科の中でも優秀な学生が目指しているところだったのですが、 最近ではそのような傾向は減少し、設計に対して興味のある学生が来るようになりました。 その結果として設計事務所を目指す学生の建築に対する様々な習熟度合が 低くなっているように感じます。 建築界のビリギャルが設計事務所に来るということはなかなか起きませんが、 トップでは無い学生が来るので設計事務所はある程度教育機関のようになります。 (一般的な会社はそれが当たり前なのかもしれませんが…) 小さな設計事務所においてそれはなかなか厳しい!というのが現実です。 それならば、学生のうちから大学において勉強することの意味を理解して 建築の勉強をしてもらうのがいいのではないかと思い、 オープンデスクの学生さんたちに学びの場を広げていこうと考え、実行しています。 ビリギャルの話でも同じだと思うのですが人はなにかしらの“目的=少し遠くのゴール”を もたないと動き出しません。 設計事務所で働いている人たちは何が出来て、何が出来ないと困るのかを知ることだけでも 少し動き出します。その少しの動き出しがもっと遠くのゴールの設定を生み出します。 学生にとってのビジョンを示してあげることが、 先に建築を学んできた人としてのやるべきことでしょうから挫けずに続けていこうと思います。    ...

ブログ

一時期ブログを書くことに対して非常に恐れのある時期がありました。 それはクライアントからブログの中渡瀬さんと会った時の中渡瀬さんって ずれがありますよね、と言われたことがあったからです。 その一言がブログを書くことと今の自分との間に大きな溝をつくってしまい、 文字でつくる中渡瀬というものは無いほうがいいのではないかと考えていました。 何気無い一言だったので、それを深く考える必要は無いのかもしれなかったかもしれませんが 多くの情報が入ってしまうこの情報社会だからこそ黙るということも 必要なのかなとも考えていました。 ・・・・。・・ 設計を行っていて面白いなと思うこととして、過去の自分の考え方の比較があります。 その時その時になにかしらの判断に基づいて設計を行っているのですが その考え方というのは更新され続けていきます。 その更新度合いというのが、このブログを通して自ら感じるところでもあるので ブログを続ける意味ってあるのではないかと思います。 一般的には事務所ブログの役割って営業ツールなのでしょうけど… 僕の場合はそのようには捉えてなくて過去の自分と現在の自分の比較が 役割にもなるんだなと気づきました。  ...

週初めの物件打合せ

毎週月曜日の朝は物件について担当者と打合せを行います。 内容としてはその週の作業内容、問題点についてです。 打合せで大切にしていることがその週のゴールがどこにあるのか? ということを共有することです。 スタッフと僕との間のゴールがずれてしまうと その週の作業内容がずれてしまいます。 そのずれが積み重なるとうまく前に進まないことになってしまいますので ゴールの共有だけは互いに集中して協議を行う必要があります。 具体的には成果物としてなにがどのような形で必要なのかということを協議します。 僕自身、何かと仕組みづくりを行うことを大切にしています。 比較的小さな規模といえる住宅でも設計期間が半年以上に及びます。 その半年という時間の中で迷走しない仕組みづくりとして週のゴールを共有する、 を行っています。    ...

役に立つということ

先日誕生日を迎えましてスタッフに抱負は何ですか?と聞かれ… 考えてもいなかったので考えてみました。 今年で39歳になったので、やはりサンキューの心をたくさんもつこと!は必要だなと。 そして、人の役に立つこと。 設計のプロとして設計を通して役に立ちたい、ということなのですが 職業を通して人の役に立つことって、とっても難しいことなのでは無いかと最近よく感じます。 決められた仕事を仕事としてこなすことはプロとして行うことはできると思うのですが 役に立つことって難しい。 自分が行っていることが明確に誰に対してどのように役に立っている。と言い切ることが できる人ってどれほどいるのでしょうか? もしかしたら、僕のサンキューの心が少ないからそのように感じるのかもしれませんが この人って僕の役に立つ人だなー、と染み染み感じたことってそれほど無いのです。 きっと僕も同じように捉えられているのだと思います。 だから、というわけでは無いのですが人の役に立つような人間になりたいなという願望が 出てきました。 といっても、突然大きく考えてもなかなかうまく行くことは無いので 近くの人の役に立つことから始めてみようかと思い、 まずはスタッフに対して。 ダラっとしがちな事務所の勉強会を何をやるのかに対して明確にしたり、 発言を多くして情報を多く提供しようとしたりということを行っています。 そして、少し枠を広げて建築のなか→という合同勉強会イベントを 開催しています。 建築のなか→ではど真ん中の建築!というカテゴリーの話ではなく、 建築の境界を広げることを実践しているような方をよんでお話をしてもらいます。 建築のど真ん中で皆さんの役に立ちたいと思うものの、 ど真ん中のみでは複雑になったこの世の中で 人の役に立つことって難しいのではないかと考えています。 建築関係の皆さんの役に立ちつつも、その活動を行うことで クライアントの皆さんにも役に立つきっかけをつくろうとしています。 ...

ローコスト

ローコストの住宅という言葉がありますが どのようにするとローコストな住宅が出来るのかと考えてみると 建設費の3大要素である材料費、職人さん代、管理費のいづれかを 安く抑える工夫をしなければなりません。 材料費で考えると 同じ床面積であれば平面形状をなるべく正方形に近づけて 外壁の面積を少なくすることでお金のかかる外壁の量を減らす。 構造的に法律内で可能な限り構造材を減らす。 大量発注をして単価を下げる。などがあります。 外壁の量を減らすとかんがるとプランが限定されてしまいますし、 構造材をギリギリにすることは心許ないことです。 唯一大量発注をすることで単価を下げるということだけが挙げた中では クライアントにとって不利益なくローコストにする工夫となるかもしれません。 次に職人さん代で考えてみると単純に職人さんに支払う金額を減らす…ということに なるのでやりたくない仕事となってしまう可能性が高くなります。 厳密に管理することで無駄な人工を減らすということは考えることが 出来そうですが、そうなると管理費が上がってしまいそうです。 ここで管理費について考えてみます。管理費は工務店さんが現場を仕切る費用です。 工事費にゆとりがあるときは監督さんが現場を掛け持ちすることは少なかったそうですが 現在のように工事費がタイトな場合は何件か掛け持ちをしないといけないそうです。 ハウスメーカーさんのようにある程度作り方が決まっている場合ですと 監督さんが数件掛け持ちをしても出来る仕組みを作ることができそうです。 建物というのは本来一品生産なのでローコストにしていくことが不得手なモノに なると思います。 その中でもハウスメーカーのようにある程度、型をつくってしまうことで 人件費を圧縮することが可能になるかもしれません。 ただ、型をつくれるほどの規模のハウスメーカーさんですと会社を維持するコストや 営業広告宣伝費にコストが使われてしまいます。 と考えていくとローコスト住宅という言葉で住宅を作っている会社というのは どんな会社なのだろうかと不思議に感じてきます。 ・・・・。・・ どの現場に行ってもなかなか若い職人さんに会うことは出来ません。 このままですと日本の職人さん文化というものは無くなるのでしょう。 となると、職人さんに作ってもらうこと自体がとても贅沢なこととなり、 建築は出来るだけ簡単に作ることが要求されるようになります。 建築の設計を行うものとしてはこのような事態になることは避けたいなと 思います。 経済性による時代の変化には勝てないものかな…。...

価値観

住宅を建てようとする場合、 大きく分けて3つの道があります。 ・ハウスメーカー(設計施工) ・工務店(設計施工) ・設計事務所(設計)+工務店(施工) 上記の3者にはもちろん得手不得手があります。 この得手不得手を理解して頂くとクライアントの皆さんにとって より良い家づくりが出来るのでは無いかと思います。 例えば、ハウスメーカーさんは営業の方がいらっしゃいますので 様々なサービスをクライアントの方に行ってくださいます。 銀行との折衝、融資用の資料作成、登記の案内など。 忙しい方にはとても助かることばかりです。 その一方で基準となる間取りからずれたりすると多くのコストがかかる可能性が あるかもしれません。 (手数をかけずにより多くの売上を上げることが企業として優先されるのではないでしょうか?) 建設費+αについて比較してみると。 建設費=材料費、職人さんの人件費、現場管理費、会社の儲けとなる。 ハウスメーカーさんの場合だと建設費+設計料+営業さん人件費+広告宣伝費となるのではないかと予測できる。 工務店さんの場合だと建設費+設計料となるのではないかと予測できる。 設計事務所の場合だと建設費+設計監理料となる。 と条件が出揃ってきたときに何に対してどこまでお金をかけるのかは その人のもつ価値観によるのだと思います。 上記の様に考えると 同じ金額で一番建設費にお金をかけることが出来るのは工務店になります。 では工務店さんに依頼するとどうなるのか? 推測ですが… 工務店さんは作り手なので作りやすい様に作ることが優先されてしまう。 また、力学的な知識に乏しい場合が多いことが予測されます。 とにかく大きな家が欲しい!という方に対しては 有難い存在なのではないかと僕は思っています。 設計事務所の場合ですと…銀行さんとの折衝はしないですし、 税金関係の話も弱いことが多くあります。(そうでは無い方もいるかもしれません) でも、住宅のことを一番自由に住宅を考えることが出来るのは設計事務所です。 とはいうものの、設計事務所の場合、作品性と言う言葉で クライアントを脅かすこともあるかもしれません。 (CO2WORKSでは作品性という言葉は住宅において使うことはありませんが…) いいところだけを取り上げて住宅を作ることができれば クライアントにとって一番幸せなのですが…なかなかそれは難しいように感じます。 だからこそ、その人の価値観が住宅には現れるのでは無いかと思うのです。 ...