東京・愛知の住まいと事業物件の設計と企画 | 独り言
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独り言

あつい

今日も暑いですね。 dNb(CO2WORKS事務所ビル)は無断熱のため、暑いです! 暑さ、寒さのメカニズムを嫌でも意識せざる得ない建築物ですので 熱環境に詳しくなるというメリットがあります。 というわけで今日は暑さを感じる原則のようなお話です。 人の表面温度はおおよそ34-35度程度です。 この温度と体感温度(表面温度と室温の平均)の差が暑さだったり寒さを生み出します。 この程度の気温ですと無断熱コンクリートはおおよそ32度の輻射熱を発します。 エアコンで冷やしていますが室温は28度程度なので おおよそ体感温度は30度くらい。 表面温度よりも4度は低いので汗ばむことはありませんが涼しくはありません。 ただ、室温は28度なので扇風機のような風を起こすものがあると もう少し快適に感じます。 というのも空気は断熱層の役割を果たしています。 表面温度が34度として動かないと空気が断熱層になるので なんとなーく身体の表面近くは34度付近の熱があります。 風はこの空気の断熱層を壊す役割を果たすので夏は役に立つ反面、 冬は悪さをします。 ・・・・。・・ きちんと断熱がされている住宅(天井、壁、床の表面温度が25度くらい)で 室温が30度程度で湿度が低ければ扇風機があれば十分快適なはずです。 だいたい夜の寝室の躯体の表面温度が32度程度で室温も30度程度で 朝起きるとだるさや頭が重いなど熱射病のような感じになります。 体感温度が30度を超えるとどうもまずいような気がします。 ちなみに外で道路を歩いていると アルファルトの表面温度が40度を超えているはずなので 気温が35度を超えていると体感温度は表面温度をはるかに超えます。 人は汗をかいて気化熱を奪われるようにするなど、 環境にある程度順応するようになっていますが 体感温度が表面温度を超えるとなると オーバーヒートしてしまいますので外を歩くときはお気をつけください。...

設計料について悩む

僕がクライアントの立場ならば設計料って高いなと感じる。住宅の場合、住む場所に対して数百万円はやはり高い。事業用の物件の場合はその事業の利益を生み出すための設計を行うのでその事業に必要な費用として計上して頂かなければならないので高くはないと考えています。 設計事務所の作業量や時間で換算してみると設計料は異常に安い…。このアンバランスをどうにか解消出来ないものかと考えるのだけど現状の技術では難しそう。図面を書く時間が技術の発達によって短くなれば少しは解消されるものの、一つ一つ、一から考えることが設計者としてのプライドなので作業量、時間は仕方ないとも思える。 と書くと、何やら設計者って大変なだけでは、となってしまいますが、設計が好きで設計を行なっているので、建築物が出来る喜びなどお金以外の儲けが多いのが、設計者の良いところとなります。良いところを自分の中でどれだけ最大化出来るのかが設計を続けていけるかどうかなのだと思います。 昨今、設計事務所に入ってから設計事務所よりお給料の良い住宅屋さんに転職するケースが増えていますがお金は自分のインサイトにそれほど大きく働きかけるものではないので、それだけでは続かず苦しい想いをするはずです。働くというのは賃金を得るだけではなく、自分が何を行なっていきたいのかを深く落とし込まないといけません。 といっても、設計事務所のお給料をもっとよくしていかないとその場で働く人が減ってしまうのも事実でしょうから、やはり設計料をきちんと頂かないといけないな…ということになってしまいます。それと同時にお金以外の儲けをもっと下の世代に伝えていくことも必要なのだろうという想いも同時に出てきます。...

どのように働くか

働き方改革という言葉がありますが、 僕の場合は縛る人がいないので一人で働き方改革を行なっています。 働く上で大切な事柄として誰と仕事をするのか?ということ クライアントさんはもちろん、スタッフや協力事務所も。 誰にだって相性があるように合わない人と仕事を行うとするとそれはやはり苦しい。 僕の場合、最初のクライアントさんが神様のような人だったのでとても恵まれている。 少しくらい苦しいことがあってもなんとかなると思えるのも そのクライアントさんがいたからこそ。 スタッフも良いクライアントさんにも良い仕事を体験してほしいなと思っているので だれと仕事をするのかには気を使う。 ・・・・。・・ 例えば集合住宅を設計する上でクライアントさんは地主さんと投資家さんに分かれる。 投資家さんはその街をどうしたらいいのかは考えずにどのようにしたらお金が儲かるのかを問う。 地主さんも慈善事業ではないからお金のことを考えるのだけど、街のことも考える。 お金のことだけを考えた集合住宅に住みたいですか?という問いかけがあった時に どのように答えますか?僕は住みたくないのでそのような設計を行いたくない。 もちろん、投資家さんが全員そういう考えではないことは知っています。一例として。 ・・・・。・・ と最近よく思うのですが自分の感性を殺すような仕事をしてはいけない。 よく分からないことを理解することはある一定の努力をしなければいけないので 苦しいわけですが、そのある一定の努力をした後で感性が殺されるようならば その場から早く逃げた方がいいのではないかと。 昔、スタッフに感情で判断すると苦しくなるから、やるべきことをまずはやろうと 言っていたのですが、そうとも言えないな、と思うようになってきました。 (あくまである一定の努力をした後の話です。) ・・・・。・・ 人は良くないところを消すよりも、良いところを伸ばした方がはるかに楽しいし 人の役に立つことができる。 そんな働き方が良いのではないかと思うわけです。 ・・・・。・・ でも、の部分として、建築には大量かつ多種類の知識と経験を要求されます。 これを身につけることがやはりハードルが高い。 一級建築士の知識なんて最低限でそれ以上の知識が必要。 そして、必要とされる新しい知識がどんどん増える。 ・・・・。・・ ここで二つの道が出てきます。 知識をどんどんとりこんで総合的に建築を見るか。 それとも、どこかで限定してその限定を突き詰めるか。 ・・・・。・・ 良いところを伸ばす作戦だとすると限定を選ぶのでしょうけど 僕はどんどんとりこむ作戦をとるタイプです…。 と思っていたのですが、一人で出来ることなんて限られているし、 どこかで限定した方がいいかなと思うようになってきました。  ...

住む場所

最近は東京に1/3,名古屋に2/3の割合でいます。 どちらにいるときも寝る場所と仕事をする場所はほぼ同じ場所なので 移動時間はありません。 だから名古屋ー東京の移動って大変ではないですか?と聞かれても たぶん聞いている人よりも移動(通勤)時間は短いのではないかと思い 時間的には全然大変ではないですよとお答えしています。 この頃、ご相談を受ける仕事は一つの建築物というよりも その場所をどのようにしていくといいのでしょうか、 というまちづくり的な視点を含んだご相談を受ける機会が多くなってきました。 住宅であっても、その街をよく歩き、よく観察することを大切にしているので 様々な街の情報ストックがあります。 そのおかげで街を相対的に見ることが出来ていると思っていましたが… やはり二つの街で住んでみると、住むと住まないでは入ってくる情報量は異なります。 東京というbigcityはbigcityの良さがありますし、名古屋のようにbigcityというには 少しためらいがあるような都市にも、その規模ならではの良さがあります。 その良さを発見するにはやはり住むということが必要ではないかと。 今、その場所をどのようにしたらよいのかというご相談を受けているのは 東京と名古屋なので、双方ともに住んでいるから伸ばすべき点が発見しやすいのですが その他の地域に行ったときに、観察だけでは足りない部分をどうすればいいのか?というのは 大きな課題です。(仕事が来るかどうかもわかりませんが…) ・・・・。・・ と、街レベルで考えていると住宅の設計を無性に行いたくなります。 日本の場合、住宅が街を構成する大きな要素ですし、 住まいから生活を向上していかないと街も良くなるはずもない。 出来れば30坪にも満たない小さな住宅の設計を行いたい…  ...

ブログをサボるときは…

ブログをサボるときは忙がしい時か暇な時なわけですが、 最近は忙しい方です。 現場が2件、改修が1件、着工寸前が1件、設計が1件、プレゼンが1件と なかなか目まぐるしく時が過ぎています。 と言いながら、サッカーおじさんなのでワールドカップを見ていたりもします…。 サッカーを見るときは情熱的に観るのではなく、分析をしながら観るので 隣にいるとややこしいタイプです笑。 今日、日本が負けてしまったので後は準決勝と決勝を観れば満足…のはず。 日本にはまだまだ勝ち続けてほしいものでした。   サッカーを観ていて感じたことですが、 出来ない所を補填するということは世界レベルまで行くとあまり効果的ではないな、と感じました。 得意な箇所を伸ばせるだけ伸ばす、ということが世界で戦うためには必要だなと。 これは僕にも言えることで自分自身が得意としている設計を伸ばす!必要があります。 世界と戦うわけではもちろんありませんが自分自身の良さをきちんと示すことは大切だと思うわけです。   ということでホームページを久しぶりに変えたいなーと思っているのですが 上記の通り、それどころでもない…。 が、やらないとな…とも思う。この矛盾をどのようにして解決するか…。 考えることが出来る環境というのは有難いものですね。...

インド旅行7日目と8日目

午前中はアーメダバード の旧市街地をガイドツアーにて歩く。 計画されて道が出来たのか、余った場所がたまたま道になったのか、どちらが先なのかが分からない街だった。 建物間の距離は狭く、街の密度が高く感じる。 アーメダバード の街の住宅は宗教施設の一部を模倣して?作られていた。 宗教建築のもつ装飾性を住宅に持ち込むことによって信仰心を高めていたのだろうか?だとすると日本人には全くない感覚。 また、モスクを通してのコミュニティはあるように思えたが、それ以外の街の中でコミュニティを作るような気持ちはないのではないかと感じた。 やはり、宗教が生活の中心なのだろうか。 現在の日本は宗教の無い情報社会なので基本的に空間に象徴性が無い。 神という見えないものは空間に影響を与える。 また、建築の作り方について考える機会を得た。工学的に計算された構造があるわけではなく、 作り手の工夫、経験則からその作り方が広まっていくような感じがした。 以前、大工さんと話をしている時にその大工さんがつくった住宅は倒れないと言っていたが、 地震が来ていないのだから倒れるはずはないだろうと思ったことがあった。 鉛直荷重に対しては経験則でも充分。 アーメダバードの建築の構造は組積と木造のハイブリッド構造となっていた。 チャンディガール は組積とコンクリートスラブのハイブリッドだったが作る工程が煩雑になることを考えると 木造が広がるのではないかと思うが、コンクリートスラブの方が多いように見受けられた。 木材を加工したり、生産することがインドにとっては難しいことだったのかもしれない。 街を見た後、階段井戸群を見にいく。 リキシャーは昨日のおじいさんに頼んでおいたので安心。 インドにいると日本人はインド人から割と声を掛けられる(僕にはほとんど声をかけてこない。おおよそ学生さんに声をかける。) 階段井戸でも声を掛けられ、一緒に写真を撮ったり、撮らされたりとなんというかコミュニケーションが非常にライトな感じがする。 階段井戸は乾燥地帯で水をどのようにして確保するのかというのは生きる根元に繋がるのではないかとおもう。 その根源的な部分と宗教が結びつくのはインドにおいて想像に容易い。 3箇所階段井戸に行ったのだが、2箇所は観光地として使われ、リキシャーのおじいさんおすすめの階段井戸は地域に根付いているような場所だった。 階段井戸からホテルに戻り、おじいさんのリキシャーに乗り、空港まで行き、デリーに戻る。 少し早めに空港に着いたので空港内で飲食をする。もう旅の最後だし、と思い、シェークなどを飲み食いする…。 デリーのホテルでは、別々に行動していたグループの人たちと合流し、ホテルの部屋で飲む。 最後だしと気を抜いたのが失敗で。酔ったまま寝てしまった…。 次の日起きると部屋が極寒。酔ったまま寝てしまったため、エアコンを付けたまま寝てしまった…。 身体が冷え切っているし、お腹も痛いし、体調がとにかく悪い…。 無理矢理デリーの街中に出るが生きていることが苦しい状態…。 でも、旧市街地を見たかったので、どうにかこうにかで移動。 お昼はもちろん食べれず…15時頃になるとなんとなく体調も回復してきたが空港に行く時間。 と最終日は本当に苦しい一日となりました。自業自得なのですが。 長々と書いてきましたがこれでインド旅行編はおしまいです。お付き合い頂きありがとうございました。 最後にインド旅行で感じたことを書きたいと思います。 インドでは何が正しいかどうかではなく、起きている出来事を受け入れることが 大事なのではないかということを強く感じました。 僕たちの持っている価値観や正義は少し自分たちが楽して生きるための手段のようになっているように感じます。 インドの人たちはその場その場の状況を受け入れ、そのことに対して素直に反応しているように感じました。 それは便利なものが少ないことに対する知恵のようにも感じますし、 協力して生きていかなければならないことに対する知恵のようにも感じます。 デリーの街中ではだまそうとしてくる人はたくさんいますし、リキシャーの交渉も面倒なものですが おおよその人はいい人ばかりですし、僕たちが忘れてしまったおおらかさをもった国です。 もう一度インドに行きたいかと言われれば、行ってもいいかな…程度ではありますが やはり自分が持っている価値観を揺さぶってくるという意味においておすすめの国ですので みなさんも機会があれば行ってみるのもいいかもしれません。 7日目、8日目の写真...

インド旅行6日目

インド旅行の記憶もそろそろ薄くなりつつ… 朝、アーメダバードの駅に到着。 ホテルに荷物を預けてから移動しようと思い、まずはホテルへ。 ホテルに予約をしてある旨を伝えると予約されてないよ、と言う…。 満室ではなかったようなので特に問題はなかったのだけど、 どうもその後の作業が遅い…。 インド人は慌てない笑、ので、やはり予約はしてあったほうが良い。 この頃になってくるとリキシャーを一回毎に交渉することにみんな疲れてきたこともあり、 一日で多くの建築を見る予定をしていたのでリキシャーを1日でお願いしようということで話がまとまる。 ホテルの外にいた年配の方に声をかけ、交渉。 1000ルピーで交渉がまとまり、この交渉が無くなることに嬉しさと言ったら!笑 様々なモスク 祈りの場 日本人の我々のように特別な場としての祈りの場ではなく、 日常的に訪れる場所であるため、 宗教施設がもつ緊張感以上に日常性を強く感じた。 インド経営大学 この旅で一番見たかったカーンが設計した建築。 大学の機能上必要な校舎などと学生の寮と教員や職員が使用する住居群の建築。 幾何学的に配置されていることは図面で見ていたので整い過ぎて味気ないのではないかと思っていたら 様々な場所が用意されていて、とても居心地の良い場所が用意されていた。 何か特別なことをカーンは設計しているわけではないのだけど 配置、平面、断面においてスケール感がよいのでそのことだけでも見る価値がある。 どの場にどのような性格付けを行うのかにはスケール感が必要だということを再認識。 組積が一部崩れているところがあり補強されていた。 構造設計は計算ではなく、まだまだ感覚の時代であったのだなと思われる。 ガンジー研究所 ドーシが設計した建築。 インドらしいおおらかさと計画性が同居した建築。 出来た当初はきっと衝撃的だったのだろうなと推測。 ドーシ事務所 ドーシは翌日建築界のノーベル賞と言われるプリツカー賞を受賞。 その前日にたまたま訪問。 スタッフの方がかなり丁寧に事務所の建築について説明してくれるのだけど 我々の英語力ではなんとなくしか分からず…。 自然との調和や対立を考えて設計したようだ。 インドの街中にインドを圧縮したような場所を作りたかったのではないかと思う。 コルビジェ 繊維会館 現在はどこぞの会社の持ち物であるので、門番の人に中の社長らしき人に交渉してねと言われる。 僕の英語力で大丈夫かと不安に思っていたのですが…案の定、うまくコミュニケーションがとれない… 人数が少ないから明日来いと言われ、明日は明日で予定があるので今日なんとかと伝えたら 突然キレられ、中を見れず終いになる…。反省。 セプト大学 大学の建築群もドーシの設計。 長い間かけて代謝しているよう。 ドーシはコルビジェの弟子なのでモダンでありながらもインドという場所を読み解いて 設計を行っているのだけど、インドを理解出来ていない僕にはどうもその建築の良さが 見えてこない。 美術館 大学の隣にある美術館。 これはもう意味不明レベル。 技術レベルや検討レベルでこれだけの曲線空間をつくることが 難しい時代であったのではないかと推測。 現代の技術を用いたら全く別のものを作れたのではないかと思うが インドという場所を考えるとこれでいいのかもしれない。 カーン、コルビジェとインド出身のドーシの設計した建築物を比較すると インドで作った建築という地域性は同様に感じるものの、ドーシの建築はより単純に感じた。 それはインドの技術レベルを考慮したからではないかと思うのだけどどうなのだろうか。 現代の日本にいるとどれだけ複雑に作っても作れないことはないと思ってしまうが インドでは作り方はとても尊重されるものではないのだろうかと推測する。 アーメダバードの新市街地は道路も整い都市化されていた。 街と魅力は物足りなく感じしまうのだけど、旧市街地と比較した場合、 インド特有のカースト制度が感じづらいなど、都市化は人々の暮らしやすさと つながっているような気がした。 6日目の写真 ...

インド旅行5日目

この日は夜が明ける前から移動。 次の目的地はジョードプル。電車にて移動し、お昼前に到着。 ジョードプルはその日のうちに移動する予定となっていたのだけど 学生の一人がこの町に泊まっていくというので、そのホステルに荷物を置かせてもらう。 その近くのレストランにて食事をとる。 ここではタイヌードルを選択。 タイヌードルというのだから、フォーのようなものを想像していたのだけど なぜか出てきたものはナポリタン笑! 味は意外と美味しくインドでも上位になる満足。 食事後、メヘランガール城へとリキシャーで移動。 メヘランガール城の外観というか街から見るその姿は圧巻で、 地形と建築が一体化しているその様によって 人間がつくったものとは思えないような状態を作り上げています。 インテリアは手の込んでいることはよく伝わってくるのですが 分断された部屋の集合体といった感じで空間的な面白みはありませんでした。 その後、青の町のジョードプルを散策。 かなり道は狭い中に建築物が乱立している。 目線レベルでの町は混とんとしていて、先が全く読めないような街ですが 屋上に出てみるととても気持ちの良い景色が待ち構えています。 日本にいると高さによって町の風景が変わる体験はあまりないものですが 青の町には壁の青と空の青があり、その二つの青が街を形成していました。 よどみ・流れ、狭さ・広がり、暗さ・明るさ、など対立するものが 同時多発的に町に存在していることによってなかなか見ることの出来ない町として存在していた。 街を散策した後はバザールへと足を運ぶ。 日用品から骨とう品?まで様々なものが並びそこに住む人たちにとって 無くてはならない場所になっているように思えた。 我々はアマゾンがあるおかげで外に出ていかなくとも 物を購入することが出来るのだけど 町という視点で消費を考えると町のバザールも悪くないのではないかとも思う。 バザールで売っているものはどこから仕入れてきているのだろうかというのは疑問。 学生が泊まるホステルに戻りシャワーを借りる。 もちろん小さなホステルなのでお湯が出ない(もしかしたらお湯なのかもしれないけど低温。) 少しだけスッキリし、夕飯を食べに出る。 夕飯はメヘランガール城を見上げながら。 食べるシチュエーションもよかったこともあるけど、カレーも美味しく旅の中で 一番の満足の食事でした。 駅まで行き、2度目の寝台列車へ。 前回は3段だったのだけど、今回は2段。 この違いは割と大きな違いでゆとりももって就寝。 ...

インド旅行4日目

寝台列車に揺られてジャイプールに到着。 寝台列車は3段のベッドだったのですこし窮屈な状態でした。 地球の歩き方を見ると寝台列車で寝ているときに荷物を盗まるなどの 被害もあるから注意してねと書いてあったのだけどそんな雰囲気はなかった。 が、車掌さんがチケット確認に夜中に来たので少しビビった。 チャンディーガルまでは参加者全員での行動だったのだけど この日からは3か所に分かれて行動。 駅に到着後、リキシャーでホテルまで行き、荷物を預ける。 その後リキシャーでバス停まで行こうとしたのだけど、 運転手さんにバス停まで行きたいということがなかなか伝わらない。 地図を見せれば分かるものでしょ、と思っていたのだけど たぶん地図を見たことがあまりないのだと思う。 運転手さんによっては地図見せてねと言ってくる人もいる。 運転手さんとのやりとりはインド旅行にはつきものだけど 言葉も伝わりづらいし、地図も伝わりづらいので打つ手なしで疲れることが多かった。 もちろん金額の交渉も1回1回あるので価格交渉に慣れていない日本人には面倒。 とはいえ、その日の気分によって伝わった時の爽快感も無くはない。 なんとかバス停に到着。 バスで目的地であるチャンドバオリの近くの町シカンドラまで移動。 バス停が広くどこでどうすればよいかもわからないのだけど シカンドラと言っているとあっちのほうだよと人が教えてくれる。 何回か繰り返しているとバスのチケット売り場に到着。 バスのチケットを購入するときに係員の人が困っていると 周りの人が助けてくれ、比較的スムーズにチケットを購入することが出来た。 2時間程度バスに乗ったのだけど金額は100ルピー(日本円165円程度)程度だった。 バスと比較するとリキシャーは高い!が、安いようにも感じる。 現地価格のものと旅行向け価格があるので金銭感覚がよく分からなくなる。 シカンドラに到着するとタクシーの運転手さんたちに囲まれる。 囲まれるというと大げさな感じに聞こえるかもしれないがインドではよく囲まれる。 囲まれる機会の多い芸能人は気の毒だなと思う。 交渉して300ルピー(400ルピーだったかも)でチャンドバオリまで往復してもらう。 リキシャーではなく、車だったのだけど、メーターを見てみるとガソリンはエンプティだし、 スピードは0kmだった。つまりすべて壊れている。 壊れているものを直す術がないのが気がないのかは定かではないけど、 ガソリンは残量が分からないのは不便ではないのかな。 近くにガソリンスタンドがあるわけでもなさそうだし。 20分くらい車に揺られ(道路の整備がされていないのでまさに揺られ) チャンドバオリの階段井戸に到着。 壮大なスケールの階段井戸なのだけど、 それをつくった時のことを考えると心が苦しくなるような場所でもある。 一つ一つ大きさの異なる石を同じ階段形態となるように調整している。 高さが何メートルあるのか不明だけどあれだけ掘り、石を調整しながら積んでいくことは 並大抵のことではないはず。 階段井戸は井戸と名前が付くように水を溜めることが主目的だと思うが このチャンドバオリは儀式が行われていたのではないかと思うような構えをしている。 階段井戸をウィキペディアで調べてみると権力者の避暑地とあったので 儀式ではなく、権力者の避暑地なのかな。 いずれにしても庶民の憩いの場という性格の階段井戸ではないことは確かだと思う。 チャンドバオリへの往復で6時間程度使っているのでなかなかの疲労感あり。 そこからお昼を食べるためにリキシャーで移動。 そのリキシャーを運転手さんがなかなか面倒な人で お昼食べるならばその店よりもいい店紹介してやるよ、とか ホテルも安くていい場所知っているよなどを言ってる。 少しの日本語まで使ってくるので日本人をかもにしているのだろう。 少し面倒な思いをしながらもお店に到着。 カレーに飽きていたので(日本であれば毎日カレーでも飽きないのだけど) カレーを頼まずにピザを選択。普通にまずいピザでした。 香辛料が苦手ではないのだけど、どうもインドのカレーは一味が足りない。 その足りないカレーを食べ続けるのはなかなかきつい。 カレー以外も安定感のあるものがなかなかないのだけど、その中で一番安定した味はコーラ。 コーラを飲むだけで救われる気持ちになる。 日本ではコーラを飲む機会はほとんどないのだけどインドでは救いでした笑 そこからアンベール城へと移動。 アンベール城はまったく期待せずに行ったのですが 光と素材の関係性や動線の外し方、中庭と部屋の関係性など 勉強になる箇所が盛りだくさんの良い建築でした。 バラガンの設計した建築に行ったことはないのだけど、 きっとバラガンの建築に行くと同じような体験が出来るのではないかと思う。 アンベール城は広く複雑だったのにもかかわらず集合場所を決めずに見てしまったので みんなはぐれる。海外simを持って行った人たちは連絡を取り合い、特に問題はなかったのだけど 持っていない学生さんは必死になって僕を探したらしい笑 あの広さではぐれたら不安になるのは仕方ないが。 お城を今まで見たことがなかったが、日本の寺院と比較してみると似ている部分も多いが 決定的に異なる部分もあり、それらの要因を予測するときっと面白いはず。 だれか研究してみてくれないだろうか。 アンベール城を見た後にジャイプールの街中をブラっと歩き、この日は終了。 ホテルに戻り、ホテルのレストランで食事。 食事の記憶はあまりないがまずくなかった。 ビールはインドの中で一番美味しかった。 ピンクシティと言われるジャイプール。 一日だけの滞在だったのでジャイプールの良さを理解できなかったのは残念。 移動の多い旅は様々なものに出会える半面、街を理解できるまでいることが出来ないのが難点。 旅行4日目の写真 ...

インド旅行3日目

気をとりなおして3日目スタート。 まず最初にチャンディーガルのスラム街へと足をのばす。 チャンディーガルはインドの中でもどうやら裕福な街のようで スラム街は一つのセクターに固められていました。 (たぶん他の街と比較するとスラム街が小さい。) スラムと日本における建築を比較すると、 現在における建築というシステムがどれだけ発達してきたのかが分かる。 またその一方で資本主義経済の中で失われたものが何かを考えさせる場所でもある。 スラムでは個人という概念は無いように思え、 集団で生活する事が求められ、皆が寄り添って生きているように感じる。 何かに追われるでもない子供達の屈託のない笑顔を見ると インドの魅力はここに詰まっているのではないかと感じてしまう。 スラム街にも2つの住居形式がある。 それは小屋と建築の違いであり、 建築の原初はやはり小屋であるのだと感じる。 スラムにある建築はブロックを積み、コンクリートスラブを乗せているだけの構成、 地震が来たら崩れてしまうであろうその構成は建築を学んで来た人間にとっては怖さを感じざるえない。 近代は生産性を上げることを中心にして来たのだけど、 その一方で日本のように地震国は地震に対する被害を少なくする事も必要であったため、 地震に対するシステムも発展した。知識と生産性の積み重ねが現在の建築のベースにある。 建築において生産性を追求することが生活における豊かさをつくるのかという問題をスラムは投げかける。 ●建築大学 コルビジェが設計した建築。 昨日行った美術館のとなりにある美術館大学とほとんど同じ構成と形態。 北側に大きなハイサイドライトをとり、居室にはそのハイサイドから 安定した光を供給する。 インドの強い光と熱環境を考えると有効な手段だと思われるが、 美術学校との使い方を考えると異なる2つであるべきだろうけど、 インターナショナルスタイルというものはそれらはある程度無視され、 ビルディングタイプごとに量産型になる。 昨日(美術学校で)は北側のハイサイドライトを見れなかったので ハイサイドライトが効いている居室を体験出来たのはよかった。 量産型と言えども、光の取り入れ方には執念のようなものを感じる。 コルビジェという人の面白さは合理性(量産型)と非合理性(執念)が同居していることにある。 ●パンジャブ大学の建築群 ジャンヌレたちが設計したので、コルビジェ風の建築が連なる。 一つの大学内にある程度の建築レベルのものが存在することは稀ではあるものの。 パビリオンが関係性なく、敷地に置かれてしまっているのは残念な様に思える。 ●キャピタルコンプレックス 9年前に見た時の印象が強く残っているコルビジェが設計した建築郡。 昨日は全く見れずで残念だったのだけど、この日は外観と屋上だけ見学出来た…。 やはり建築は空間を体験しなければ理解しづらいので残念。 というとさっぱりしたものとなってしまいますが、この建築郡を目的として来ているので かなり残念でした。 ●美術館 昨日は入れなかったのだけど、この日はオープン。 前回来た時も見ていたのだけど、記憶がかなり薄い…。 前回はキャプタルコンプレックスを見た後に来たのでたぶん薄い。 というのもすぱらしい建築を見た後はあまり他の建築を見る気にならない…。 という意味でいくと今回来たのはよかったのかな。 建築として構成がはっきりしていて、光の建築となっている。 光の建築とするために天井一面にハイサイドライトが設けられ、 そこから入る光によって空間が特徴付けられている。 構造が構成と光をコントロールしているのでインドの建築というよりも 西洋の建築という印象。 ●建築博物館 コルビジェが設計したように思えるが どうもコルビジェが設計したのでは無いらしい。 屋上部分とスロープ空間はコルビジェではないかと思うのだけど 他の部分はコルビジェでは無い様に思うのだけど… 入り口のスチール扉はコルビジェのそれだし… 模倣なのか、本人なのか不明な不思議な建築。 チャンディガールはここで終了。 この後ホテルでシャワーを借りて体をさっぱりさせてから夕食。 昨日行こうとしていたホテルの近くのお店が開いていたのでそこで食事。 ちょっとした高級店のようで、日本で食事をするのと同じ費用がかかる。 インドでの食事は庶民のお店で食べると何か味付けが足りない様な感じがすることと 独特な匂いがあり、それがどうも苦手なのだけど ある程度のお店になると独特な匂いが無くなり、美味しく感じた。 地球の歩きかたに乗っているお店はだいたい美味しいので、 食に困ったら地球の歩きかたをみることがお勧め。 ただ、チャイはどこで飲んでもだいたい美味しい。 その後、リクシャーにて駅まで移動。 寝台列車にて次の目的地のジャイプールを目指す。 https://www.facebook.com/pg/CO2WORKS/photos/?tab=album&album_id=1851289904891439...